【世界情勢】イラクが敗れたがフセイン政権は存続【湾岸戦争 イラク・クウェート】

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【世界情勢】イラクが敗れたがフセイン政権は存続【湾岸戦争 イラク・クウェート】
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【湾岸戦争 イラク・クウェート】

1990年8月2日、イラクは隣国クウェートに侵攻しました。
国連安全保障理事会は同日、イラクの無条件即時撤兵を求める決議660を採択しました。
3日にはアメリカのブッシュ大統領がサウジアラビア防衛とクウェートの原状回復を目的に派兵を決定します。
6日には安保理がイラクへの全面禁輸を全加盟国に求める決議を採択するなど、
国際社会はイラクの行為を非難し、撤退を求めますが、
イラクは8日、クウェート併合を宣言してしまいます。
その後、イラクは人質作戦を表明し、
国内に残った外国人約1万人を「人間の盾」として主要施設に分散させるなど、
巧妙な手を取ります。

一方、アメリカは10月中ごろまでに、
予備役を含む20万人を湾岸地域に展開し、
サウジの防衛体制を固めました。
イラクへの話し合いによる交渉が行き詰まりを見せる中、
安保理は11月29日、必要なあらゆる措置を行使する。
と武力を容認する決議678を採択し、
撤退のための猶予期間を翌年1月15日と設定します。

その後、イラクは人質全員を解放するなど軟化の姿勢を見せますが、
結局、撤退には応じず1月17日、アメリカ空軍を主力とする多国籍軍は首都バクダッドのほか、
重要な軍事拠点に大規模な空爆を行いました。

制空権を奪われたイラクはイスラエルに向けスカッド・ミサイルを発射。
これは今回のイラク・クウェートの領土紛争を、
アラブ対イスラエルの戦争にすり替え、
アラブ側の協力を得ようとしたイラクの作戦でしたが、
結局イスラエルが最後まで反撃を自制したため、
イラクのフセイン大統領の思惑は外れました。

2月24日には、
多国籍軍は地上軍をイラク内に侵攻させます。
これで、イラク軍は総崩れとなり、
地上作戦開始から100時間後、多国籍軍は地上作戦を停止、
クウェートからイラク軍は一掃され、
湾岸戦争は終わりました。

【原因】クウェートがイラクに原油で損害を与えたと非難

イラクとクウェート両国間には、長年の領土問題がありました。
1980年から88年までのイラン・イラク戦争はペルシャ対アラブという構図の戦争で、
イラクはアラブを代表して、ペルシャの脅威と戦ったという気持ちを強く持っていました。
イ・イ戦争では、クウェートもイラクを支援していました。

しかし、イ・イ戦争が終わって経済が行き詰りを見せるイラクは、
石油によって繁栄するクウェートに対して反感を強めます。
そして、1990年になって関係は特に緊張の度合いを強めます。
7月、フセイン大統領はクウェートとアラブ首長国連邦に対し、
原油割り当てを無視してイラクに損害を与えたと非難。
また、イラクのアジズ副首相は、
「クウェートは1980年からイラク領内で24億ドル相当の原油を不当採掘した」
と損害を賠償するよう求めます。
エジプトのムバラク大統領などが仲介に乗り出しますが、
両国の交渉は決裂しイラクが侵攻を開始しました。

【対立の背景】クウェートを併合したイラク

1961年にクウェートがイギリスから独立した際、
イラクは「クウェートはイラクの一部」として
クウェートの併合を国際社会に要求します。
このため、イギリス軍やアラブ連盟の諸国軍が一時、
クウェートに駐留します。

1963年にイラクはクウェートを承認。
1964年にはイラク・クウェート間の国境が確定されますが、
クウェート国内に豊富な油田があることなどから、
イラクが国境修正を求めるなどのゴタゴタが続きます。

1973年にはイラク軍がクウェートに侵攻しますが、
外相会談などを受けイラク軍が一時撤退。
しかし、1974年、イラクは再びクウェートに侵攻し、
イラクはクウェート領内に軍事施設を建設するほどになります。
この時は、両国が合同閣僚委員会などを設置することなど話し合いで合意ができ、
イラクはクウェートから撤収します。
その後イラン革命が起こったことなどから、
イラクは軍事力をイラン国境に移動させることになり、
クウェートとの関係は表面的には穏やかなものになっていました。
しかし、イラクにとってはクウェートを併合してサウジアラビアと並ぶ石油大国になることと、
ペルシャ湾への出口を確保することは長年の野望でした。

【展望】クウェートへの思惑は不透明

イラクに対して国際社会は経済制裁を継続中です。
にもかかわらず、フセイン政権は存続し、
軍事力も衰えたとはいえ湾岸の軍事大国という事実に変わりはありません。
湾岸戦争に定められた新国境は数キロにわたって国境線がイラク側に移動しました。
このためイラクの港町ウム・カスルの一部と
イラクが所有していたルメイラ油田の一部がクウェート領となりました。

イラクの思惑については不透明な部分が多いのですが、
過去の経緯からして、イラクがクウェートへの野望を簡単に捨てるとは考えられません。
現在、アメリカ軍がサウジアラビアに駐留を続けるとともに、
イラク内に飛行禁止区域を設けるなどして、
イラクの軍事行動を厳しく監視しています。
しかし、サウジアラビア内にはアメリカ軍駐留への疑問の声も上がり始めています。
今後もイラク・クウェート間で不安定な状況は続きそうです。

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