独立が実現するも、国境線が定まらない【南スーダン】

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独立が実現するも、国境線が定まらない【南スーダン】
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【南スーダン】

独立後も残る領土問題

アフリカ北東部の国スーダンは、
もともと植民地としてイギリスとエジプトが共同で支配していました。

スーダンでは綿花やゴムの栽培、
牧畜のほか、金や石油といった地下資源の採掘が盛ん。
北部にはアラブ系の民族が多く住み、
宗教はイスラム教が中心でした。
一方南部には、イギリスの布教によって、
キリスト教が広まっていました。

そうしたスーダン国内では、
1956年の独立当初から、
北部と南部で対立が続いてきましたが、
ついに2011年7月、
南部が独立し、南北の間に国境線が引かれました。
ところがその国境線の中央辺りが、
いまだにどちらの領土になるか決まっていません。

南北の違いから

1956年にスーダンが独立したとき、
政治の実権を握ったのは、北部のイスラム系の勢力でした。
イスラム教徒を中心とした政策を行ったため、
南部のキリスト教徒の勢力が反発し、
内戦が起こりました。

1972年に一旦停戦となりましたが、
1983年に再び内戦が起こります。
政府が再びイスラム教に基づく政治を行うことを決定したからです。

内戦は、約200万人の死者が出る深刻な事態になり、
世界で最も悲惨な内戦のひとつといわれました。

しかし、2005年、アメリカ、イギリスなどの国々の仲介により、
「南北包括和平合意」という取り決めができ、
20年以上続いた内戦がようやく終了しました。
そして合意に基づき、2011年1月にスーダン南部で国民に独立を問う住民投票が行われた結果、
独立が圧倒的に支持され、
南部が南スーダンとして独立することが決まりました。

油田を巡って残る対立

2011年7月に南スーダンが独立を果たし、
平和が実現したかにみえましたが、
独立のとき、両国の国境線のほぼ中央にある
アビエイ地区がどちらの国のものになるかが決まらず、
対立が残りました。

アビエイ地区は石油が取れるため、
スーダンも南スーダンも、どうしても自国の領土としておきたかった土地です。

2012年3月、
アビエイ地区でスーダンと南スーダンとの軍事衝突が起こり、
緊張が再び高まり、戦争が起こることも心配されました。

解決を目指して

深刻さを増すアビエイ地区を巡る争いについて、
2012年5月、国連の安全保障理事会が両国に、
空爆などの行為をすぐに中止し、
軍隊を撤退させて交渉を始めるよう求めました。

その後、2012年9月からスーダンと南スーダンの首脳会談が行われ、
2013年1月にはアビエイ地区に暫定統治機構を作る事が決まるなど、
解決を目指して話し合いが進められています。


PKO派遣部隊が撮影した動画



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