インドとパキスタンが領有権を主張する【カシミール】

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インドとパキスタンが領有権を主張する【カシミール】
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【カシミール】

分断された扮装地帯

カシミールは、インドとパキスタンの国境地帯の北東部にあり、
中国とも接する地帯です。

ヒマラヤ山脈とカラコルム山脈が連なる山岳地帯で、
その毛が高級な織物の原料となる、
カシミアヤギの原産地としても知られています。

1947年以来、
インドとパキスタンがカシミールをめぐって争うようになりました。
現在は、カシミールでは境界線が設けられ、
南側をインドが、北側をパキスタンが支配しています。

インドとパキスタンのあいだには、
これまでに何度も衝突が起きました。
そのたびにカシミールが戦闘の舞台となっていました。

独立をきっかけに

現在のインドとパキスタンがある地域は、
第二次世界大戦前までイギリスの植民地でした。
その当時、
イギリスが直接支配をおこなっていた地域とは別に大小550以上の藩王国があって、
植民地でありながら、それぞれの藩王が統治をおこなっていました。

1947年、これらの地域の南東部がインドとして、
北西部がパキスタンとして独立しました。

インドでは国民の約8割がヒンドゥー教徒、
パキスタンではほとんどがイスラム教徒です。

このときそれぞれの藩王国は、
宗教や地域により、インドとパキスタンの
どちらかに所属するかを選ぶことになりました。


どちらの国に入るか

ところが、インドとパキスタンの中間に位置するカシミール藩王国では、
住民の約8割がイスラム教徒で、
藩王はヒンドゥー教徒でした。

そこで、カシミール藩王はどちらにも属さず、
独立することを考えました。
しかし、パキスタンがカシミールに軍隊を派遣。
すると、カシミール藩王はインドに保護を求め、
藩王国としてインドに入る考えを表明しました。

そのためインドからも軍隊が派遣され、
両国が軍事的に衝突。
1947年にはインドとパキスタンの全面的な戦争に発展しました。

たびたび戦争に

1947年におこった戦争(第一次印パ戦争)は翌年、
国際連合(国連)の仲介によって停戦。
カシミールでは、どちらの国に入るかを決める住民投票が予定されます。

しかし、インドがこれを拒否したため、
住民投票は行われなくなってしまいます。

結局、カシミールは南北に分断され、
南部をインドが、北部をパキスタンがそれぞれ支配することになりました。

その後も、インドとパキスタンの激しい対立が続きます。
1965年、第二次印パ戦争が。
1971年には第三次印パ戦争がおこりました。

なお、第三次印パ戦争の結果、
東パキスタンと呼ばれていたパキスタンの一部が独立。
これが、現在のバングラデシュです。

宗教に対する考え方のちがい

カシミールがどちらの国になるか決まらない理由には、
インドとパキスタンの、国造りの考え方をめぐる基本的な違いがあるといわれています。

パキスタンは、イスラム教徒が集まってできた国で、
イスラム教を国教としています。

このため、パキスタンの人びとは、
イスラム教徒が多く住むカシミールは、
パキスタンに入るべきだと考えています。

一方のインドには、ヒンドゥー教徒をはじめ、
イスラム教徒、キリスト教徒、シク教徒など
さまざまな宗教を信仰する人々が住んでいます。

インドの人びとは、カシミールがインドに入っても
まったく問題ないと考えています。

核戦争の危機

1998年、
インドとパキスタンは相次いで核実験を行いました。
いつ核戦争が始まってもおかしくないという
非常に危険な事態になりました。

万が一、核戦争に突入した場合、
両国で最大1200万人が死亡するという試算も出されました。
カシミールでも緊張が高まりました。

国連やアメリカ、イギリス、ロシアなどの国々が、
インドとパキスタンの両国を懸命に説得した結果、
核戦争は避けられました。

このとき、ひとつの地域の紛争が核戦争に発展する恐れがあることを、世界中が感じました。


対立が対立を呼ぶ

インドもパキスタンも核兵器を持つようになったのは、
互いに軍事力を見せつけ、威嚇することが目的だと言われています。

とくにインドは、パキスタン以外に
中国との間にも対立があり、
軍事力を示すことがどうしても必要だったと考えられています。

核兵器を実際に使うというより、
相手の国に脅威を与え、
交渉を有利に進めるための道具として
核兵器の開発が進められたという見方もあります。

しかし、そのやり方が互いの不信感をいっそう強め、
争いが続いてきたのです。


不信を解き、非武装へ

カシミールでの長引く戦闘や核実験により、
インドとパキスタンのあいだの対立は深まりました。

解決への道を踏み出すには、
時間をかけて不信感を少しずつ取り除いていくしか方法はありません。

抗争と停戦を繰り返していた2国でしたが、
核実験のあとは和解に向かっていくように見えました。

しかし2008年11月、
インドもムンバイで、レストランやホテルなどが攻撃されるテロが起こり、
160人以上の死者が出ました。

この事件はパキスタンのイスラム教徒の過激派によるものだとみられ、
インドとパキスタンの関係がにわかに悪化しました。

しかしその後、徐々に両国のあいだの貿易が再開されたり、
首脳会談が行われたりして再び関係が改善されてきました。

近年、インドは急速な経済成長を続けています。
パキスタンも経済発展を求めています。
貿易などの経済的な交流や文化交流によって、
たがいに信頼関係を築き、武力紛争を収めていくことが必要だと考えられます。

インド、パキスタン領内で武装勢力を空爆



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